津軽学7号が書店にならびはじめています。
昨年の11月7日に弘前大学人文学部で行われた、公開講座津軽学シンポジウム「津軽と災害−震災を生きる」
この内容がばっちりおさまっている津軽学第7号が書店にならびはじめました。
本の内容はのちほどふれるとして、見かけた際はぜひ手にとってみてくださいね。
この内容がばっちりおさまっている津軽学第7号が書店にならびはじめました。
本の内容はのちほどふれるとして、見かけた際はぜひ手にとってみてくださいね。
『「原発避難」論 避難の実像からセカンドタウン、故郷再生まで』刊行しました
『「フクシマ」論』で有名な、開沼博さんと共編で、『「原発避難」論 避難の実像からセカンドタウン、故郷再生まで』を明石書店から上梓しました。
3月11日の報道やこの3月の書籍の状況は見ましたが、今回の震災/津波/事故の避難者のこれから、という意味では、課題を多く残しているかと思います。本書では、3・11からとくに半年を中心に、原発避難の問題について、若い社会学者たちとともにまとめてみました。
単純に言って、原発避難は複雑すぎて容易には解けない問題になっています。しかもも問題hさらに複雑化を帯びています。本書もそうした複雑さをそのまま表しているかもしれません。決して読者に親切な本ではないでしょう。
でもそれが現実なのです。その現実はこの本の中から理解できると思っています。
光明は、このメンバーとともに、さらに富岡町の方々と色々と相談して、「なんとかならないか」と具体的な模索も始めています。避難は終わっていません。まだまだ入り口です。そしてどうもこの問題と、青森の未来、限界集落の真実も深く深く関わってきそうです。
そのためにも、私は今後も関わってみるつもりです。ぜひ、本屋で見かけましたら本書を手に取ってみてください。この若い研究者たちが、今後、いろいろな発信をしていくことになりますから。
3月11日の報道やこの3月の書籍の状況は見ましたが、今回の震災/津波/事故の避難者のこれから、という意味では、課題を多く残しているかと思います。本書では、3・11からとくに半年を中心に、原発避難の問題について、若い社会学者たちとともにまとめてみました。
単純に言って、原発避難は複雑すぎて容易には解けない問題になっています。しかもも問題hさらに複雑化を帯びています。本書もそうした複雑さをそのまま表しているかもしれません。決して読者に親切な本ではないでしょう。
でもそれが現実なのです。その現実はこの本の中から理解できると思っています。
光明は、このメンバーとともに、さらに富岡町の方々と色々と相談して、「なんとかならないか」と具体的な模索も始めています。避難は終わっていません。まだまだ入り口です。そしてどうもこの問題と、青森の未来、限界集落の真実も深く深く関わってきそうです。
そのためにも、私は今後も関わってみるつもりです。ぜひ、本屋で見かけましたら本書を手に取ってみてください。この若い研究者たちが、今後、いろいろな発信をしていくことになりますから。
週刊誌で紹介されています「限界集落の真実」
目次にはでていないのですが、プレイボーイのp110に、限界集落の真実の紹介が載っています。
Book話せばわかる!本人襲撃ー山下祐介『限界集落の真実ー過疎の村は消えるか?』
1ページまるまる使って、代表の山下准教授の写真入りです。
取材に来た人は、新書にたくさん付箋をつけてやってきたとか。
版元品切れで重版中のこの本。
なかなか手に入らない方、もうしばらくお待ちください。
週プレ
http://wpb.shueisha.co.jp/2012/01/30/7850/
Book話せばわかる!本人襲撃ー山下祐介『限界集落の真実ー過疎の村は消えるか?』
1ページまるまる使って、代表の山下准教授の写真入りです。
取材に来た人は、新書にたくさん付箋をつけてやってきたとか。
版元品切れで重版中のこの本。
なかなか手に入らない方、もうしばらくお待ちください。
週プレ
http://wpb.shueisha.co.jp/2012/01/30/7850/
限界集落の真実の真実??
白神共生機構・代表の山下です。1月初旬にちくま新書で『限界集落の真実』を上梓しました。
調査に関わっていただいた多くの方々、ありがとうございました。お礼に色々と送りいたしましたが、漏れもあったかもしれません。その際はご容赦ください。
本書の内容の大半を占める鰺ヶ沢町や沢田の報告は、白神共生機構のメンバーとともに行ってきたものです。共生機構へのご協力の方々に感謝いたしますとともに、引き続きご支援をよろしくお願いいたします。
さて、タイトルの、「限界集落の真実の真実」について。
編集の方によると、1月22日日曜日に朝日新聞の新書紹介欄で本書を取り上げていただいたこともあり、この日1日で結構出たそうなのです。が、実は売れているののは地方ばかり。首都圏や関西圏ではまだ売れている本というものではないようです。実は、私も近所の本屋を回ったのですが、わずかに1冊おいていただいていたのを確認したのみ。
でも、発売前には、編集のM氏とともに、こういう堅い本は駄目なんじゃyないかと、かなり弱気になっていましたので、まずはホッとしている次第です。
1月29日には、弘前市相馬地区沢田で、ろうそく祭りに関わるシンポジウムが行われます。私も出席し、弘前市長とともに、宮口先生も登壇されます。久しぶりに青森の皆さんにお会いしにいいきます。
調査に関わっていただいた多くの方々、ありがとうございました。お礼に色々と送りいたしましたが、漏れもあったかもしれません。その際はご容赦ください。
本書の内容の大半を占める鰺ヶ沢町や沢田の報告は、白神共生機構のメンバーとともに行ってきたものです。共生機構へのご協力の方々に感謝いたしますとともに、引き続きご支援をよろしくお願いいたします。
さて、タイトルの、「限界集落の真実の真実」について。
編集の方によると、1月22日日曜日に朝日新聞の新書紹介欄で本書を取り上げていただいたこともあり、この日1日で結構出たそうなのです。が、実は売れているののは地方ばかり。首都圏や関西圏ではまだ売れている本というものではないようです。実は、私も近所の本屋を回ったのですが、わずかに1冊おいていただいていたのを確認したのみ。
でも、発売前には、編集のM氏とともに、こういう堅い本は駄目なんじゃyないかと、かなり弱気になっていましたので、まずはホッとしている次第です。
1月29日には、弘前市相馬地区沢田で、ろうそく祭りに関わるシンポジウムが行われます。私も出席し、弘前市長とともに、宮口先生も登壇されます。久しぶりに青森の皆さんにお会いしにいいきます。
朝日新聞記事 東大教授・鬼頭秀一さん
朝日新聞に取り上げていただいた内容です。
以下引用
■人と自然 密接な関係
白神山地が世界遺産になったころ、当時新設された青森公立大に4年間いた。
環境倫理が専門で、人と自然がどう付き合うかを研究している。人が自然とどう関わるか、となると、これは「文化」の問題になる。私も今日(ツアーで)行った田代地区や村市地区などには、聞き取り調査に通った。根深さんが白神の山を守るべく孤軍奮闘していたころだ。
白神では、世界遺産になったとたんに「中に入ってはいけない」となり、これはちょっと違うんじゃないかという問題が起きた。
《「手つかず」誤解》
これはどういうことかというと、それまでの自然保護運動には、「自然はか弱くて、少しでも触ると壊れてしまう。だから人間の手つかずがいい」という考え方があり、1990年代はそれが主流だった。
アメリカの考え方が入ってきたもので、当時はこれがグローバルスタンダードだと思われた。ヨーロッパに比べれば、アメリカには手つかずなところが残っていて、「フロンティアを守る」という愛国的気分が「手つかずの自然を守る」という概念を産んだ。
白神は、東京からは「手つかずのブナ林」というイメージに見える。それを守るのが保護運動だ、と展開してしまった。この結果が「住み分け」だ。
《一つのまとまり》
この点は、世界遺産登録に尽力した当時の日本自然保護協会の会長だった沼田真さん(故人)も後年になって後悔していたようで「人間と自然を分けるという形で白神を保護をしてきたが、間違いだった。人間と自然、文化を一つのまとまりとして考えなければならない」などと記している。
自然・人間・文化を一体として白神を考えていくというのは、根深さんが最初から言っていたところだが、どうもそういうのはきちんと理解されなかった。
現在は、立ち入り禁止になっている場所にも、地元の人は入り込んで山菜・キノコを採る権利があり、入っていた。白神は、人の関わりとが濃厚にあって守られてきた場所だったのだ。
地域の人を追い出してしまうと、監視する人がいなくなり、違法伐採などを防ぐことが出来なくなる。行政もNPOもそこまでは監視しきれないからだ。人が入らないと自然は守れないというのは、現在、世界的な流れになってきている。
《自然保護に新風》
今回の古道ツアーは、そういった文化的側面を調べ上げてのツアーで、実にすばらしい。こういうことが行われるということは、白神の保全だけでなく、日本の自然をどう守っていくのかについて、新しいことが始まるんだな、という気がする。
写真付きの記事は以下URLよりどうぞ!
http://mytown.asahi.com/aomori/news.php?k_id=02000951111220003
以下引用
■人と自然 密接な関係
白神山地が世界遺産になったころ、当時新設された青森公立大に4年間いた。
環境倫理が専門で、人と自然がどう付き合うかを研究している。人が自然とどう関わるか、となると、これは「文化」の問題になる。私も今日(ツアーで)行った田代地区や村市地区などには、聞き取り調査に通った。根深さんが白神の山を守るべく孤軍奮闘していたころだ。
白神では、世界遺産になったとたんに「中に入ってはいけない」となり、これはちょっと違うんじゃないかという問題が起きた。
《「手つかず」誤解》
これはどういうことかというと、それまでの自然保護運動には、「自然はか弱くて、少しでも触ると壊れてしまう。だから人間の手つかずがいい」という考え方があり、1990年代はそれが主流だった。
アメリカの考え方が入ってきたもので、当時はこれがグローバルスタンダードだと思われた。ヨーロッパに比べれば、アメリカには手つかずなところが残っていて、「フロンティアを守る」という愛国的気分が「手つかずの自然を守る」という概念を産んだ。
白神は、東京からは「手つかずのブナ林」というイメージに見える。それを守るのが保護運動だ、と展開してしまった。この結果が「住み分け」だ。
《一つのまとまり》
この点は、世界遺産登録に尽力した当時の日本自然保護協会の会長だった沼田真さん(故人)も後年になって後悔していたようで「人間と自然を分けるという形で白神を保護をしてきたが、間違いだった。人間と自然、文化を一つのまとまりとして考えなければならない」などと記している。
自然・人間・文化を一体として白神を考えていくというのは、根深さんが最初から言っていたところだが、どうもそういうのはきちんと理解されなかった。
現在は、立ち入り禁止になっている場所にも、地元の人は入り込んで山菜・キノコを採る権利があり、入っていた。白神は、人の関わりとが濃厚にあって守られてきた場所だったのだ。
地域の人を追い出してしまうと、監視する人がいなくなり、違法伐採などを防ぐことが出来なくなる。行政もNPOもそこまでは監視しきれないからだ。人が入らないと自然は守れないというのは、現在、世界的な流れになってきている。
《自然保護に新風》
今回の古道ツアーは、そういった文化的側面を調べ上げてのツアーで、実にすばらしい。こういうことが行われるということは、白神の保全だけでなく、日本の自然をどう守っていくのかについて、新しいことが始まるんだな、という気がする。
写真付きの記事は以下URLよりどうぞ!
http://mytown.asahi.com/aomori/news.php?k_id=02000951111220003



